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革修理ブログ
2026/03/30
バッグ修理 PRADA ハンドバッグ カラーチェンジ施工
ソファ修理、バッグ修理の革研究所堺店です。
今日は堺市在住 T様よりご依頼いただいた
★PRADA ハンドバッグ カラーチェンジ施工★
をご紹介します!
目次

所々傷がありますね


色褪せている所があります






お客様からPRADA バッグが少し色褪せきたのでブラウンから紫色にカラーチェンジをお願いしたいとお問合せ&ご依頼をいただきました。
初めてバッグを拝見した時、バッグにスレ傷と色褪せていました。
バッグや財布など、側面や角はどれだけ丁寧に使っていても、使用する過程や衣服などで擦れて傷になってしまうことがとても多いです。
角の部分の革が完全に擦り切れてしまう前なら、修理をすることで風合いも色味も復活させることができますよ!(^^)!
また、スレ傷をそのままの状態で使用していると、革の劣化が進み革がひび割れてくる場合があります(>_<)
お早めに修理をしてあげると劣化の進行を止めれます!!
また、人の肌は乾燥するとカサカサになりますが、革製品も同じような状態になりますので、定期的にメンテナンス(クリーニング+保湿ケア)をしてあげるとより長くお使いいただく事ができます(^_^)/
それでは、
PRADA ハンドバッグ カラーチェンジ施工をしていきます(^_^)/
完成したAFTER画像もお楽しみに!(^^)!
●クリーニング
まずは、馬毛のブラシを使いバッグ全体をブラッシング。
その後、柔らかい布でバッグ全体を拭きます。
布にレザークリーナーを付けて、バッグ全体をやさしく丁寧に拭いて汚れを落とします。
●スレ傷や荒れた革表面を平滑
スポンジ研磨剤を使い、荒れた革の表面を重点的にバッグ全体をやさしく撫でるように(車にワックスをかけるようにやさしく円を描くような感じ)研磨をして平滑にします。
●脱脂
アルコール系の洗浄剤を使い、スポンジ研磨剤の削りカスの除去やバッグの革表面に付着している油分やクリーニングで落とせなかった汚れをしっかりと除去します。
●スレ傷補修
数種類ある補修剤の中からスレ傷の程度や傷の深さによって補修剤を選定し、スレ傷を補修します。
補修剤の塗布・乾燥・表面の磨きを繰り返して、スレ傷をなめらかに整えます。
いよいよカラーチェンジ施工!!
●下地形成
まず染料でカラーチェンジのお色の紫色をつくり、スプレーガンでバッグに塗布し、一層目の下地を形成します。
※カラーチェンジの場合は、顔料での着色の前に染料を使った着色が必要になります。
最初に染料を革に入れることで、顔料の発色もよくなり、また塗料の定着もよくなります。
●2層目の着色
しっかり乾燥したあと、二層目に紫色をつくり、革の表面を補修する補修剤と撹拌し、スプレーガンでバッグにムラなく均一に塗布していきます。
●仕上げの着色
しっかり乾燥したあと、いよいよ最終仕上げの紫色をつくり、明るさやトーンを微調整して整えます(^_^)/ さらにツヤ感を調整し、スプレーガンでバッグにムラなく均一に塗布していきます。
●乾燥&仕上げ
しっかり乾燥したあと、最後の仕上げに、バッグ全体に保湿のオイルを塗って、完成です!(^^)!
さて、どんな風に生まれ変わったでしょうか~(*^▽^*)

所々傷がありましたが、綺麗になりました


色褪せている所がありましたが、綺麗になりました






いかがでしょうか?
カラーチェンジ施工!PRADA ハンドバッグが綺麗に生まれ変わりました!(^^)!
お渡しさせていただいた時に喜んでいただくことができましたー(^_^)/
定期的にメンテナンス(クリーニング+保湿ケア)をしていただき、バッグを長くお使いいただけたら嬉しいです。
以上、
PRADA ハンドバッグ カラーチェンジ施工
でした!(^^)!
革研究所堺店は、カラーチェンジ施工以外にもバッグのクリーニング施工(クリーニング+保湿ケア)もさせていただいてま~す!
財布やバッグ、ビジネスシューズ、ジャケットなどのアパレル関係などの「レザーリペア」「スレ傷補修」「染め直し」「カラーチェンジ」はぜひ!革研究所堺店にお任せください。
財布やバッグなどのファスナー交換、ファスナーのスライダー交換やバッグの持ち手・ショルダー交換 、「光沢感やマット感が気になる!」、「色味をマットにしたい」などもお気軽にお問合せくださいね~!!
ソファの「スレ傷補修」「ひび割れ補修」「リペア修理」「染め直し修理」「カラーチェンジ」「クッション交換」「バネ交換」、「革の張替え」なども承っておりますのでお気軽にご相談くださいねー(*^^*)
皆さんご存じのイタリアを代表するブランド「PRADA(プラダ)」。
イタリア王室の御用達としても知られ世界的に人気の高いブランドで、デザインがおしゃれなだけではなく、実用的なPRADA(プラダ)は年代を問わず愛用されています。
バッグ以外にもサイフやパスケースなどの皮革商品をはじめ、服、宝飾品、時計、香水などを幅広く手がけているブランドです。
そんな「PRADA(プラダ)」の歴史を紹介していきます。
プラダは1913年に創業しました。
創業者は、マリオ・プラダとマルティーノ・プラダがイタリア ミラノの中心にあるヴィットーリオ・エマヌエーレ2世のガレリアというアーケードに皮革製品店「フラテッリ・プラダ(Fratelli Prada)」を開業しました。
プラダ兄弟は、ありきたりな革製品だけでは、お客様がついてこないと考え、世界中から珍しい素材や質の高い皮を集め、鞄、トランク、手袋などの日用的使う革製品を製作しました。
丁寧な作業と革の珍しさから、多くの人に話題となり、1919年にはイタリア王室の御用達になるほどの知名度を得て、プラダは高級ブランドとしての地位を確立しました。
最高級の革を使用し、高い技術によって作られたPRADAのアイテムはイタリア王室の御用達として、上流階級の間で瞬く間に話題となりました。
PRADAは順調に事業を拡大しミラノの中心部から少し離れたマンゾーニ通りに2号店をオープンします。
しかし、第二次世界大戦が勃発すると、戦争による経済の混乱と物資の不足で素材の調達や販売が困難になりました。
PRADAの製品の多くは高級革を使用した物でしたが、この革製品は”禁輸措置”(特定の国との取引を禁じる事)になってしまった事が物資不足の原因です。
そこでPRADAは、革に比べて調達が容易で、耐久性のあるナイロンやポリエステルなどの合成素材を使った製品へシフトしていきました。
第二次世界大戦後は、PRADAのブランドイメージは一時的に低下しました。
一部でPRADAがファシスト政権に協力したという噂が広まったためですが、ファシスト政権に協力したことはあくまで噂であり、真偽は定かではありません。
1958年に創業者であるマリオ・プラダが死去しました。
その後マリオの娘ルイーズがPRADAを引き継ぐことになったのですが、ルイーズは経営もデザイナーも初めての試みの為、時代の流れについていけずPRADAの人気は止まりました。
その後、PRADAの人気を復活させたのは創業者であるマリオの孫娘 ミウッチャ・プラダです。
ミウッチャ・プラダは、オーナー兼デザイナーに就任すると、PRADAの持っていた品質の高さと斬新なデザインによって人気復活のきっかけをつくりました。
ミウッチャ・プラダは、1949年にミラノで生まれで、政治学を学んだ後、ミラノ大学で学生運動に参加し、フェミニズムや社会主義に傾倒しました。
彼女は、ファッションに興味がなかったと言われていますが、1978年に父親からプラダの経営を引き継ぎました。
その当時、プラダは古臭くて時代遅れのブランドとして知られており、苦しい経営状態でした。
ミウッチャは、1977年にパトリツィオ・ベルテッリと出会い、結婚しました。
革製品の製造業を営む家庭に育ったパトリツィオ・ベルテッリは、若くして自分の会社を立ち上げ、ビジネスセンスに優れていました。
パトリツィオ・ベルテッリは、ミウッチャの才能を見抜きPRADAの経営に携わりました。
彼は、PRADAの製品の品質や流通、マーケティングなどを担当し、ミウッチャの創造性を支え、PRADAの再生に取り組みました。
具体的には、商品を製造するすべての工程を直接管理、生産にあたっては厳しい基準の品質管理を設けることで、より優れた製品だけを販売することを可能としました。
商品の品質を高く保てるようになったことで、PRADAのブランドとしての価値もさらに高いものとなりました。
1978年に発表されたのが、新素材としてポコノを導入したナイロンバッグです。
ポコノは、工業用に特化された素材で、テントやパラシュートといったミリタリー用品を作るために使われており、軽くて薄いのに傷や汚れに強い丈夫な素材で、さらに撥水性も高い高機能素材です。
革製品でその名声を受けてきたPRADAでしたが、このポコノを採用したことによって様々な意見が出ました。
一流ブランドとして工業素材を使用したアイテムは相応しいのか?素材に対する社内の猛反対や疑問視も多くありましたが、傷や汚れに強く軽量なバッグは合理的志向を持つ現代の女性に最適でした。
ミウッチャは、半ば押し切るように発売したポコノは今までの伝統を大切にしてきたPRADAの殻を破るきっかけとなりました。
このポコノを使用したバッグはシンプルながら流行によって左右されることがないと話題を呼びました。
ポコノのナイロン素材は、シルクのような美しい光沢とシワが寄ることのない美しいデザインです。
そして目立つのはPRADAの逆三角のブランドマークのプレート。
現在でも、プラダの様々なアイテムにデザインされています。
シンプルながら、プラダの印象を与えることができるアイテムは大ヒットに繋がりました。
ポコノに使用されているロゴプレートは、三角形を逆さまにした形で、「止まることのない」「常識を変えていく」というメッセージが込められています。
1988年にレディースウェアを発表しました。
シンプルで洗練されたデザインや素材の選択、色彩の使い方などファッション界に革新をもたらしました。
1993年には、ミウッチャ・プラダとパトリッツィオ・ベルテッリがプラダ財団を設立しました。
PRADA財団は国際的な機関や博物館、美術館などとやり取りを行い世界のあらゆる文化を分析して、時代の流れに変化する文化を取り入れることで、新しい製品のデザインにも生かしています。
また、PRADAが興味を持った現代アーティストとのコラボレーションを行うこともあり、コラボ商品の販売やコラボイベントの開催なども行っています。
同年にベルテッリの提案によってPRADA初のメンズラインが設立されました。
メンズのアイテムとしては、プレタポルテとシューズがデザインされ、初のメンズのファッションショーがミラノで開催されることになり、メンズラインもそのセンスの良さから、高い人気を集めました。
現在ではメンズラインも拡大されており、プレタポルテやシューズ以外にもさまざまなメンズアイテムが発表されています。
1994年に姉妹ブランドとなるMiuMiu(ミュウミュウ)を設立しました。
高級ブランドは値段も高くなる傾向にありますが、姉妹ブランドとなると若者がターゲットとなることが多いです。
MiuMiu(ミュウミュウ)は、シックで大人っぽいデザインのPRADAとは打って変わって、可愛らしさと女性らしさの常識にとらわれることなく表現することをテーマとしていました。
しっかりとしたブランドとして、クロコ調の素材を生かしたデザインや大人の落ち着いたデザインも展開しており幅広い女性が使えるブランドです。
MiuMiu(ミュウミュウ)のカラーの特徴は、濃淡のピンクやホワイトなど若い女性がファッションに取り入れたい人気のカラーが揃っており、シックなカラーが多いプラダとは違った部分です。
MiuMiu(ミュウミュウ)とプラダとの大きな違いが話題を呼び、MiuMiu(ミュウミュウ)も一流ブランドとして人気を獲得しました。
サフィアーノレザーの使用を2010年から開始しました。
サフィアーノは牛革の表面を加工している素材できています。
傷や汚れに強いだけでなく防水性も追加されていることで、革としての見た目の美しさだけでなく機能面でも充実しているのが特徴です。
サフィアーノレザーは一見シンプルなデザインに見えますが、使い込むことで革に風合いが出てきてより魅力的なものとなっていきます。
日本初オープン
様々なアイテムを発表し、人気を獲得してきた「プラダ」ですが、2003年3月29日に東京・銀座中央通りにプラダ銀座店をオープンしました。
日本上陸のアナウンスが流れると話題となった、1号店ですが多くの人で賑わったそうです。
日本人にもPRADAのアイテムは、大変気に入られ特にナイロン生地のポコノは流行にもなる程でした。
ブランド品は、高価なので傷をつけたり汚したくないという声が多かったのですが、プラダのポコノは傷にも汚れにも強かったので、受け入れる方が多かったそうです。
1号店の約3ヶ月後の6月7日に東京・南青山にスイスで有名な建築家によってデザインされた国内最大の旗艦店「エピセンター・ストア」をオープンしました。
その外観の美しさも相まって、通称を「ダイヤモンド」と呼ばれ、お店というよりは巨大なアート作品のような建物として有名です。
映画によって人気急上昇
プラダの人気も国内で滞りなく広まってきた頃、プラダの人気が爆発的に上昇する出来事が起こりました。
2006年に公開されたアメリカ映画「プラダを着た悪魔」の一大ブームです。
最悪の上司の下で前向きに頑張る主人公の姿に多く影響を受けた国内の女性は、プラダを知らなかった世代にも広く浸透することとなりました。
この映画には様々なブランドの衣装が出ており、衣装代の総額はなんと100万ドル(約1.2億円)超えだったそうです。
もちろん題名である「PRADA」はもちろん姉妹ブランドである「ミュウミュウ」もしっかりと映画の衣装として使用されています。
物語の最も盛り上がるパリコレのパーティーシーンでは、ミランダ(最悪上司)がPRADAのドレスを着用しており、こちらも大きな話題を呼びました。
ここまでPRADAの歴史についてご紹介させていただきました。
私たちの身近には色々な製品があります。
今後もブランドなどについての歴史などをご紹介したいと思っております。
お手入れをすれば長く使えますので、革製品での補修や染め直し(リカラー)、カラーチェンジなどお困りごとがありましたらお気軽に革研究所堺店にお問合せください。
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